さわやかウォーキング 往路篇(新幹線なるほど発見デー 2013 アプローチ)

<7月20日>
薄曇りの空の下、頂戴したコースマップを手にさわやかウォーキング開始。
浜松工場へは、去年も歩いているから勝手知ったるナントカってヤツさ。
電車の中で見た、爺婆ハイカーと一緒に歩く、彼らはこの参加者なのだ。
今日は市街地を歩くだけだから、暑さ対策と靴さえしっかりしていれば何ら問題ない。
ウォークラリーでは無いから、途中のチェックポイントは無さそう。
いきなりマップを見誤ってコースアウトしたが、すぐに復帰。
なぜ、この企画に参加したかというと、去年見付けられなかった静態保存の蒸機、ケ91号を見るためだ。
コースの途中で見ることが出来るのだ。

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暫く歩くと、堀留ポッポ道という遊歩道に入る。

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ここは、かつて浜松駅が地平駅だった時分に有った、浜松駅(機関区)から国鉄浜松工場への引込線の跡地だそうで、それを整備して遊歩道にしたという。
浜松駅が高架化されたのは静岡駅とほぼ同時だから、今から35,6年前まではここをEF58や80系が通っていたということだ(ホントかな?)
所々に花壇が設けられ、地元の人によって手入れが為されている。
暫く進むと、黒い塊に人が集まっているのが見えてきた。

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ケ91である。
大正の生まれの軽便蒸機、引退後は浜松工場で保存されていたそうだ。

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こぢんまりとしたキャブとボイラー火室。
水分補給を繰り返しながらコースを辿る。
歩道の無い場所にはJR東海の腕章を付けた係員が配されている。
新幹線の高架を潜ると、そこに見えてきたのは高く積まれたコンテナの山。

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西浜松駅(貨物駅)だ。
上(新幹線)からはしょっちゅう見るけど、こんな際を歩くのは初めて。
「ボクのプラレールにあるコンテナと一緒のがある。」と息子。
他にも専用コンテナとか、コンテナにも結構種類があるだね。
貨物駅を過ぎると今度は地平に下りる在来線の高架を潜る。

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するとそこには、電留線が。
浜松駅西電留線と書かれた名板が柵の出入口に取り付けられていた。
わたしがこの版で『西浜松(の電留線)』と称しているのはココだ。
だが、西浜松は貨物駅(JR貨物)だから、正確性を欠いた表現ということになるな。
211系(もしかしてさっき乗ってた編成か?)が留置中。
整備点検のための足場が設置されている。

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遠くには、117系の廃車群が。
東海色の中に1編成だけ新快速色が見える。
画像ではわからんかな?
この電留線に沿って西進したドン突きに伊場遺跡公園がある。

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公園を入って直ぐに踏切が。

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わーたしの記憶が確かならば(@加賀丈史)、国鉄末期、静岡鉄道管理局がEF58(多分157)を使って当時の浜松機関区から、浜松工場の試運転線を使って体験運転をさせてくれたのではないか?と思うのだが。
その折り返しポイントが、伊場遺跡駅とかと称してこの辺りに設けられていたと思った。
こんなに草生しちゃってるけど、今でも使われてるのかな?この踏切。

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さて、伊場遺跡。
静岡市の登呂遺跡と同様、弥生時代から古墳時代にかけての遺跡だと思ったら、もっと幅が広くて石器時代から鎌倉時代に及ぶ複合遺跡なんだって。
登呂遺跡に復元されている竪穴式住居とはやや形態が異なるのかな?
他にも高床式倉庫と、そうでない倉庫とが隣り合って建っていて時代が混ざってるんだね。
公園を突っ切り、新幹線を跨ぐ跨線橋道路をに沿って北上すると左手には地場産業の自動車メーカの社宅だか寮が拡がり、

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一つ目の踏切を越えた右側が目的地のJR東海浜松工場西門。

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その先にある踏切は、新幹線が通る踏切として有名な踏切。
海側の本線から分岐する浜松工場への引込線で、浜松工場入出場の際にココを新幹線電車が通るというわけだ。
数日前、大井からT4編成が回送された際には祭り騒ぎだったろう。
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