陸奥(みちのく)独り旅_2014②

<1月15日>
東京駅15番線から21番線ホームへ移動。
12号車デッキを降りた直近に階段がある。
大昔、通学していた頃、毎朝駆け下りた階段である。
当時はひかり編成の11,12号車、こだま編成では12号車がグリーン車だった。
今はグリーン券を所持しないヒトはデッキは愚かG車内の通り抜けすらも許されないが、当時はそうんなに煩くなかったので、八津山トンネルを抜け、眼下に東京第一運転所(幹トウ)を見たら席を立ち、12号車デッキに立つのだ。
そして、東京駅に滑り込みドアが開くのと同時にダッシュ。
階段を一段飛ばしで駆け下り、改札ラッチ(当時は有人)を誰よりも早く抜け、在来線乗換え客の人ごみを交わしまくって丸ノ内側の総武線地下ホームへのながーーいエスカレーターを駆け下り(先日も事故があったけど、エスカレーターってのは本来、ジッと静かに乗ることを前提に設計されたモノだから、階段のように昇ったり降りたりしちゃダメだよ!)、クルっとターンしてホームへの階段を降り、ドアが閉まる寸前の総武線快速成田行きに飛び乗ったのだ。
この間、ダイヤ上で僅か4分。
ウソのような本当の話だ。
時々間に合わず、3分後発の津田沼止まりの快速に乗るしかなくなる。
この津田沼止まりは上りの総武線快速が東京駅で折り返す列車なので、清々座れるから実に有り難かった(猛ダッシュの必要も無し)。
じゃあどうして、これに乗らなかったのか?
なぜならば、この津田沼止まりは途中市川で後続の特急(回送?)千マリ183系に道を明け渡すからだ。
この待避のため、結果として遅刻する。
大概の授業で開始前に出席票が配られてしまうため、1分の差が明暗を分けたのだった。
特に一コマ目が製図とか実験なんて日はヒヤヒヤだったよ。
体力の有り余っていた二十歳前後にしかできない技だったな。
今じゃ、階段踏み外して転落、打ち所が悪ければ命を落としかねない。
それ以前にこっ酷く叱られるだろうね。
よいこのみんなは決してまねをしないでね。

画像

またしても、話が脱線(鉄ですから)したけど、東北新幹線に乗り換える。
東北・上越新幹線が開業した翌年、昭和58年の3月に初めて上越新幹線に乗車した時は、東京駅で新幹線を降り、国電で上野へ。
上野から新幹線リレー号に更に乗り換えて大宮までノンストップ!
のハズが、乗車列車のあさひ103号(103C)に接続する新幹線リレー号が確か土日のみの運転だったかその逆だったか忘れたが、大宮までは東北本線中電の115系15連(北ヤマ)でガッカリ。
200系同様新車だった185系200番台には乗り損ねたし、リレーガールなる職業のおねいさんを拝見することは叶わなかった。

画像

二回も乗り換えていた時代から比べれば隔世の差だ。

画像

22番線に上がると、先発のあさま517号(517E)が発車するところだった。
元祖E2系もE7(W7)系の導入でやがて消えていくんだね。

画像

さて、これから乗車するのは本邦営業列車最速を誇る、東北新幹線はやぶさの13号。
列車番号は13Bかと思ったら3013Bだって。
3000番台ってことははやてと一緒じゃん、と思ったらこまち系を併結するのが3000番台を名乗っているみたい。
はやぶさ+スーパーこまち。
今や天下御免のE5系とE6系の併結。
364日前にもE5系はやてに乗車したが、やはり人生初320km/hは下りのはやぶさとして味わっておかねばなるまい。
指定された座席は2号車。
息子の土産に連結の様をスナップしておきたいので、10号車付近で待機。

画像

反対側にもE5の単独編成が田端へ向けての回送待ち。
ちょうど編成が取れるというのに、黄色の防寒着の兄さんが職務を全う中のため被ってしまった。
邪魔だからどいてくれなどと、決して要求してはいけません。
なぜなら、3013Bの入線時刻が迫っているから。

画像

この回送(U12)が出発して入れ替えるように我が3013B(この時点では回送だから列番違うと思うけど)が到着するのだ。

画像

向きが違うぞと、くだらんモノを撮っていたら、あっという間に入線。
E5の顔を撮り損ねた。

画像

流石に連結面は人気だ。

画像

小学校入学前、息子を鉄道博物館に連れて行く際、大宮までの往復に折角だからと東北・上越新幹線に乗ったのだ。
往路はMAXとき+MAXたにがわ(当時)。
E4同士の連結面に息子を立たせてスナップを撮ったっけ。

画像

で、2号車までの225mをガラガラを牽いて移動。

画像

せめて8号車だったらなぁ・・・

画像

そして、2号車に乗り込むと我がシートの横には先客・・・

画像

またかい。

画像

わたしが約1ヶ月前から周到に準備して荷物を置くはずだったスペースには隣席の御仁の巨大なスーツケースが占拠し、モノを置くスペースは無し。
あーあー、去年は上野からだったが、今年は動き出す前からかい。

画像

って、こんな写真ばっか撮ってるからわるいんだろうけどさ。
幸い、海側1ABC席の背後が空だったので、既に着席していた1A席の方にちゃんと断ってから置かせてもらった。
上野、大宮とそこそこヒトが乗ってくるが、共通して言えることは、みなさん荷物がデカイ。
1ABC背後のスペースは上野から乗ってきた浅黒い顔の外国人のスーツケースに占領された。
東北新幹線は長期旅行者が多いのか?
大宮を出て上越新幹線と袂を分かつ。
加速感が無いことも加わってか、非常に変化に乏しい車窓だ。
シートの上で腰から上だけ背伸びをするようにドア上のLED情報を見る。
「ただいま 宇都宮付近 を通過中。」
宇都宮を通過すれば、いよいよ320km/hゾーン。
のハズなんだけど、あまり代わり映えがしない・・・
初めて500系のぞみ(1001A)に乗って、神戸トンネルを抜けて、西明石を正に300km/hで通過しようとする際の加速と、300km/h到達時の運転士からの案内放送には感動を覚えたものだったけど、そういう演出は無いんだね。
スラブ軌道のお陰か、はたまたひたすら直線だからか、グランクラスなら至高の乗り心地なのだろうけど、隣席の埋まった狭い普通車ではひたすら退屈なだけだ。
山陽区間もスラブ軌道で、頭上の狭い500系だったけど、それは心弾んだものだったけど。
何時しか車窓は晴れ渡り、那須連山なのか、磐梯山か安達太良山か蔵王か判らないが、銀嶺が青空に映えている。

画像

東京駅から1時間37分、仙台に到着。
364日前に乗ったはやて(E5)+こまち(E3)は東京を1056に発って、全く同じ時刻に仙台に着いた。
270km/hだか275km/hだかのはやてに対してスピードの上がったはやぶさは4分の短縮。
でも、はやぶさ料として\300(閑散期)高い。
この4分に\300の価値が有ったのか否か?
かつてののぞみ大増発と同様、呈のよい値上げにしか思えない。
期待した大宮発車時の加速感や最高速感も味わえずに終った、人生初はやぶさだった。

後日談
現ダイヤにて320km/h運転を実施しているのは、単独運転のはやぶさ(列車番号0番台)のみだそうで、320km/hで走っているのは、宇都宮-盛岡間。
わたしが乗ったスーパーこまちを併結した3000番台のはやぶさは300km/h運転なんだって。
よって、わたしが320km/hだとばかり思っていたのは、300km/hだったというオチ。
そりゃ、宇都宮過ぎても代わり映えしないわな。
ちなみに、今度の3月改正でE3系こまちが引退。
全こまちがE6系に置き換わり、現スーパーこまちの300km/hから320km/hに引き上げられるのだそう。
そうなると、全こまちがスーパーになってしまうので、愛称からスーパーの冠称が取れて、ただのこまちに戻るのだそう。
だったら、スーパーこまちの乗っときゃよかった、とは後の祭り。
ちゃんちゃん。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント