帰りも東京駅

<9月1日>

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帰りは地下からアプローチ
巨大なボックス動輪×3に出くわす
制式側第一動輪の際に掲げられた銘板は「C62 15」
そう、電化の延伸によって東海道・山陽本線から北海道に活躍の場を移し、函館本線いわゆる山線経由の「急行ニセコ」を最期まで牽引していた4機のC62の内の1機、C62 15号機の動輪を展示している動輪広場
場所はココなんだっけ?
その仲間は梅小路にいるスワローエンゼル2号機と20年ほど前に復活運転していた3号機であり、特に倶知安と小樽の山岳区間はC62が重連で任に就いていた夢のような列車が日常の姿として毎日走行していたのだ

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1972年、昭和47年か
地下ホームを発着する房総特急用として183系特急型電車がデビューしたのが正に同年
C62 15として竣工して山線から引退するまでの生涯よりも永い時間ここに居るのか・・・

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