懐かしの豚汁定食

<12月1日>

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やっとのことで再訪できた栄太呂
いや、ここへ来るのはお初である
なぜならわたしが訪れていたのは熱田ではなく千種の中央本線千種駅近くに構えていた頃だからだ
今からちょうど29年前、親元を離れ名古屋で暮らした1年間、親のすねをかじって仕送りしてもらった月々の生活費の中からお昼ごはんを食すのだが、その当時150円だったズイマーな学食カレーライスとか一駅歩いた今池のすがきや素ラーメン140円など1日1,000円で過ごすために涙ぐましい努力(そのチカラをなぜ受験勉強に向けなかったのか)を重ねる中、数少ないご馳走だったのがここ栄太呂で食す豚汁
なぜ豚汁かというと、父親の影響もあるが晩ごはんに豚汁が出されようものなら丼飯何杯でも食べられた気がしたほど好物であるが、名古屋時代に毎日朝晩に供された味噌汁は、名古屋といえばの八丁味噌の赤ダシでしかも決まってその具材はモヤシ
母親が拵える味噌汁は父親の煩い注文に応えるためカツオ節や煮干のダシが相当効いたものだったし、何よりも味噌そのものが違う
それが入寮したその日晩ごはんからダシの風味がしない(というか八丁味噌に完全に負けている)塩辛いだけの味も素っ気も無いモヤシの赤ダシに心が折れてしまったとき、別の寮に居た同級生から昼休みに「美味しい豚汁を食べに行かないか?」と誘われたのがここ栄太呂
その後昭和から平成へと世の中が代わり、社会人となって名古屋に一ヵ月暮らした際にはまだ千種に暖簾を掲げていたと記憶しているが、その後名古屋を訪れた際に立ち寄ってみたらいつの間にか千種から姿をけしてしまっていた
いつしか世の中はインターネットの時代となり、ある日なんとなく栄太呂ってどうなったんだろうと、グーグル先生に問うてみたら、どうやら熱田神宮の近くで今でも続けているらしいことが判明
名古屋には頻繁に訪れるものの、なかなか熱田方面へ訪れる機会が無かったのが漸く叶った

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これだ、豚汁定食
当時は確か500円だったと思ったが今は700円

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これこれ、この豚汁
写メが下手っぴー(レンゲでドンブリの底からサルベージすれば良いものを)なので判り辛いがサトイモ、ニンジン、ゴボウといった根菜にタマネギ、コンニャク、油揚げと具沢山、やはりモヤシは欠かせないけどここの豚汁は別格
豚肉もバラニクをスライスしたのがそのまんま入っていてガッツリ食した記憶なのだが、かなり曖昧
だが、30年近くを経て再開した栄太呂の豚汁は、具材からのダシが存分に効いており、赤ダシの主張は一切なしで、とても美味し♪

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これはおかずの串カツ
当時と替わらず数種類の中からひとしな選ぶことができ、他には魚フライとウインナーがあって、当時串カツは早い者勝ちで少しでも出遅れるとありつけず、ピークを外した遅い訪問ともなれば魚フライすら品切れでウインナーしか選択の余地がなかったことを思い出し、迷わず串カツをお願いした
今は当時無かった(と記憶している)鶏の唐揚がラインナップ

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冷奴、当時もあったっけな?憶えていないなぁ・・・
串カツの箸休めにはいいかも

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昔はもっと具沢山だったというのは記憶を美化しすぎだな
などと思いながら箸を進めると、おやっと思った食材にあたった
それはサツマイモ
そうだ、確かにこれだ
この豚汁が普通のと違って格別に美味しく印象付けられたのはこの味だったのだ
いやぁ、美味しかった♪
箸を進めている間に、年配の女性がやってきて店の奥へと入っていった
どうやら女将のようだ
食事を終え会計を済ませる際に、カウンターの中の女将に向かい、昔千種駅の近くにお店がありましたよね?
と声をかけると、やはりその通りだった
K塾ですか?と切り返されこれには脱帽である
実は30年振り(本当は社会人になってから1度訪れているから20数年ぶりだが)に食べさせてもらいましたと伝えると、昔を懐かしがって再訪する客(たぶんわたしと同世代のオッサン)が多いのだとか
当時のお店は30代くらいのご夫婦が切り盛りしていたはず、定かではないがお子さんだろうか小さな子供たちも見かけたような来もする
今切り盛りしているのはそのお子さんなのだろうか
それだけわたしも歳を重ねたということなのか

ちなみに当時、真の贅沢は豚汁定食ではなく、ヒレカツ定食のお味噌汁を豚汁に替えてもらうことだった
30年前でも1,000円越えていた?はず
最後に千種のお店で食したのも豚汁定食ではなくヒレカツ+豚汁だったっけ

ごちそうさまでした

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