推回1列車→1列車(あゝ、上野駅)

<2月4日>

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大好物の蕎麦にお酒と、いよいよ撮り鉄意欲が削がれてきそうだけど、そこは大人じゃん。
もう一杯を踏み止まり、お店の眼の前に拡がる地平ホームの向かって左端の13番線へ。
行き止まり式ホームの櫛歯の根っこの処に貼り付く。
うわー、ここでレンズを列車に向けるなんて何十年振りだろ?
東北・上越・信越・常磐の各線に向かって、数多くの特急・急行列車がこの場所から発った。
上野発の夜行列車と聞いて、まっさきに思い浮かぶのは「はくつる」「ゆうづる」だけど、これは583系。
食堂車が抜かれ、短編成化された時には、583系も終ったな・・・
と思ったものだ。

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本日の大トリは、1列車をお見送り。
というか、今回のテーマ、推進回送。

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寝台特急っていい響きだよね。

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推回1列車(※折り返し1列車、北斗星)の入線を知らせる自動放送が流れる。

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暗くてよく判らんけど、オハネフ25を先頭にやってきた。

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最前部の車掌室では、貫通扉を開けたまま、乗務員服姿のウテシが信号と安全確認のため、進行方向前方を注視。

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停止位置にて停止。
車端の左下にカンテラ式の前部標識灯(要するに前照灯)を吊り下げている。

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ドア扱いが行われ、乗客にとって待ちに待った北斗星の旅がスタートする(羨ましい・・・)。

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ほぼ同時に、ホームから整備作業の担当者がカンテラを取り外しに掛かり。

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運転士は運転時刻表など、推進運転に必要な機器や道具の撤去を開始。

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貫通扉を少し閉めると、北斗星のテールサインが見えた。

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ウテシ氏は、一旦ホームに降り

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線路に降りて、車体裾のブレーキ配管のコックを操作したのち

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客車のブレーキホースに繋がれたエアホースを

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ホースを解結(取り外し)

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所定位置に固定

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再び、車掌室に戻って撤収

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今しがた外したホースが繋がった国鉄内装色(薄緑色)の箱、これが尾久-上野間で推進運転をする際に必要とされる器機で、推進運転の際、ウテシが異常や危険回避を判断した際に、警笛吹鳴とブレーキ弁操作を行うための装置だという。

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貫通扉を閉めて、作業は完了。

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暗闇に浮かぶテールサインが、夜汽車の旅を演出する。

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ここで、レンズをDistagon T* 35/1.4 に交換。

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スナップをしようと思うが

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気持ちは先頭のEF510のもとへ。
食堂車では厨房手前のレジのところで鉄が行列を為している。
トレーナーやチェックのシャツにジーンズ姿という、およそフランス料理のフルコースを供するダイニングカー(食堂車って意味ね)の利用客には見受けられない・・・
車内限定販売のグッズかなにかを買い求める行列なのかな?
この様子では、発車時の食堂車クルーの最敬礼は見られそうに無い。

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先頭に行けば、これまた黒山の人だかり。
構内アナウンスが、撮影者に対して再三注意喚起を促している。

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お隣の14番線から、大宮までの露払いを務める「スワローあかぎ」651系が発つ。

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朝と違って、そこそこの乗車率。
ホームライナーでいいじゃん。
そもそも、ホームライナーはここ「上野-大宮」が発祥だ。
わざわざ、乗りに来たことがあった。
そのときは、長ナノの189系12連だった。

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そして、1903。
故井沢八郎の「あゝ、上野駅」の発車メロディが鳴り響く。
EF510 514号機のブロアがMAX回転となり、
ピィーーーー っという甲高いホイッスル吹鳴を期待したが、それはなく
(※わたしが聞きなれた東海道筋はポォーーーーーっという低い音色なのだ)
1列車は静かに発車。
鉄よりも非鉄(一般ピープル)が多いので、やや無法地帯と化す。
直ぐ前の姉さん、発車と同時に哀本を線路側にせり出さいで!

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オハネフ25が闇の中へと去っていく。

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この心寂しさ(うらさびしさ)が夜汽車の旅情というものだろう。
いつまでもこの雰囲気を大切に守って欲しかったが、時世に抗うことはまかりならなかったということだ。
これにて、6002レの補足から始まった長い長い撮り鉄ミッションを終了。
まさしく、東北本線祭(まつり)だった。
松屋の催事を控えて忙しいというのに、わざわざご足労くださった支配人♪さん、ホントにありがとうございました。
山手線外回りに乗り、御徒町で乗り換える支配人♪さんとはここでお別れ。
今日は楽しかったです、また1杯やりましょう。

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